悪役考察『ラウル・シルヴァ』(魅惑のハビエル・バルデム)
ラウル・シルヴァ
本名:ティアゴ・ロドリゲス
登場作品:『007 スカイフォール』
大まかな概要:
イギリス諜報部を標的とした破壊工作を繰り返すサイバーテロリスト
過去には自身もMI6に所属しており、かつての上司である「M」に復讐を果たすべく執拗に付け狙う
©Skyfall/columbia Pictures/Eon Productions/B23 Ltd./Metro-Goldwyn-Mayer
※この記事は2016年7月3日に旧ブログに投稿したエントリーの再掲です。
ドクター・ノオ、ブロフェルド、スカラマンガ、ジョーズ、メディア王カーヴァー、ザオ、ル・シッフルなど、個性的な悪役がズラリと首をそろえる『007』シリーズですが、中でもシルヴァのインパクトは突出しています。
次世代型のサイバーテロを得意とするという設定は他の作品でも多々見受けられるものですし、MI6の関係者という位置付けもすでに使われたものですが、それはシルヴァの表の魅力に過ぎません。
成金気質のように見えて実は捨て身、サイコのようでいて感情的、両性愛者と思わしき描写があるなど、ここまでつかみどころのない、エキセントリックが集約されたキャラクターは過去のシリーズにはいなかったはずです。
というより、今まではこのような人物は存在する必要がなかった。
元々『007』はジェームズ・ボンドのかっこよさ、スタイリッシュさ、セクシーさを堪能し、彼の活躍を楽しむ映画であって、敵も味方も方法は違えど、究極的にはボンドに花を添えるのがその役目でした。
よって、個性的な悪役であっても、それを立体的に突き詰める必要はありませんでした。
ところが、ダニエル・クレイグ主演の新ジェームズ・ボンドシリーズ(『カジノ・ロワイヤル』『慰めの報酬』『スカイフォール』『スペクター』)は、既存の『007』とは何もかもが違います。
まず、超科学銃や透明な車など、現実離れしたギミックが一切登場しない。
そして何より、ボンドが完璧超人ではなく、悩み、迷い、傷つく、等身大の人物として設定されている。
これまでのよくいえばロマンに溢れ、悪くいえば荒唐無稽な世界観が切り捨てられ、よりリアルなアプローチでリメイクされたのが今回のシリーズなのです。
中でも『スカイフォール』ではこの新たな空気感がフルに活用され、人物も脚本もより深い考察が可能なレベルに押し上げられています。
シルヴァのエキセントリックさがうわべのものではなく、奥行きのある「人間」として造形されているのも、本作だからできたことだといえるでしょう。
シルヴァはシルヴァとして物語の一部であり、「ジェームズ・ボンドの冒険のやられ役」として創られたわけではないのです。
ではドラマとして見た場合の彼の役割は何かというと、一言で表すことができます。
それは「もう一人のボンド」です。
元MI6のシルヴァは、過去の任務の際に筆舌に尽くしがたい拷問を受け、彼を見捨てた当時の上司であるM(ジュディ・デンチ)にその罪を思い出させようとしています。
一方で、彼女を傷つけることを許さず、涙を流しながら心中を図ろうとするなど、その根底には単純な復讐心に収まらない愛憎入り混じる感情があります。
ボンドもまた、Mの命令によって一度「死んで」おり、Mへの忠誠心が揺らいでいます。
しかし、どんなに理不尽で苦痛極まる目にあっても、それを耐え忍ぶのが国に仕える諜報部員の宿命であり、使命です。
ボンドは当たり前のように戦うことを選びます。
シルヴァは「ボンドになれなかった存在」「ボンドがそうなっていたかもしれない存在」であり、二人が表裏一体であることはオープニングシークエンスでも示唆されています。
諜報部員ではない我々から見れば、むしろボンドの方が狂っており、シルヴァの反応こそが正常なのではないかと思えてくるのが面白いです。
これほどの個性と、それを裏付けする強固な役割を兼ね備えたシルヴァですが、演じるのがハビエル・バルデムでなかったら、こうはいかなかったのではないかなと思います。
地中海系の圧の強い顔に違和感のある金髪、ねっとりとした声、そしておぞましいほどに繊細かつ豪快な演技が、「怪物的かつ絶対的な何か」を形作り、彼の行動や所作すべてに「こいつが小物のわけがない」というある種の安心感を与えています。
地下鉄から始まり衝撃の展開を迎える中盤の頭脳戦は『ダークナイト』を参考にしたものだそうですが、過去シリーズのようにSFに傾きすぎず、それでいて漫画のような「悪の爽快感」を演出することができたのは、バルデム扮するシルヴァがこれ以上ないくらいの「芯」を作り出すことに成功していたからでしょう。